当社の調査によれば、最終候補者に残りながら選ばれなかった「シルバーメダリスト」は、最終的に任命されたリーダー(最終任命者)に比べて約2倍の割合で「組織を離れたい」と回答しています(図1参照)。しかし、多くの企業ではこの結果を避けられないものと捉えがちであり、十分なリテンション施策が検討されいないケースもあり、明確な方針や方向性が欠如しているのが現状です。しかし、これは大きな機会損失につながります。シルバーメダリストは、重要な役割を担う経験豊富なリーダーであることが多く、彼らの離職は、組織の知見や経験の喪失にとどまらず、リーダー層やチーム、さらには企業文化全体にまで広範な影響を及ぼす可能性があります。
こうした複雑な状況を乗り越えるために、ラッセル・レイノルズ・アソシエイツは、個人の成長支援と意図的なサクセッションプランニングの両面から、シルバーメダリストのリテンションとエンゲージメントを高めるための、8つの実践的な戦略を提唱します。
図1:離職意向 — シルバーメダリストと全リーダーの比較
出典:RRA H2 2024 Global Leadership Monitor、CEO、Cレベルリーダー、次世代リーダー n=2,611、シルバーメダリスト n=47
最終任命者とは、組織のサクセッションプランニングにおいて最終的に選ばれ、重要なリーダーシップポジションに任命された人物を指します。 シルバーメダリストとは、サクセッションプランニングの最終候補者でありながら、その時点で最終的にポジションに選ばれず、次点となった人物を指します。 |
当社の調査では、シルバーメダリストは組織を離れる可能性が高いだけでなく、昇進を逃したことに対して、憤り・不安・不満といった感情を抱きやすい傾向があることも明らかになりました。これは自然な反応とも言えますが、こうした感情が放置されると、エンゲージメントの低下や離職につながるリスクが高まります。
だからこそ、組織として彼らの専門性を尊重し、成長への継続的なコミットメントを示すことが重要です。彼らのキャリア開発を支援し、価値ある存在であることを明確に伝えることで、さらなる信頼関係を築き、定着につなげることができます。
72%のシルバーメダリストが組織への忠誠心が低下したと回答 |
72%が毎日の仕事への意欲が低下したと回答 |
57%が組織に対して不満や失望感を抱いたと回答 |
出典:RRA H2 2024 Global Leadership Monitor、n=47シルバーメダリスト
こうしたネガティブな感情がチームの士気を低下させ、最終的に離職につながることを防ぐためには、組織による積極的な対応が欠かせません。特に、シルバーメダリストのエンゲージメントを維持・向上させるためには、彼らの専門性を尊重し、成長への継続的なコミットメントを示すことが重要です。以下では、組織がその姿勢を具体的に示すために活用できる、3つの戦略をご紹介します。
RRAのH2 2024 Global Leadership Monitorによると、シルバーメダリストの68%が最終任命者確定後、自身のキャリアの方向性に不安を感じるようになったと報告しています。このような不安を未然に防ぐためには、CHROやサクセッションプランニングを担う経営陣が、候補者との積極的に対話を行うことが重要です。
たとえば、「このポジションに就けなかった場合、社内のどのような機会に関心がありますか?」といった問いかけを通じて、複数キャリアの可能性を継続的に検討する姿勢が求められます。
RRAのLeadership Portraitのような総合アセスメントは、リーダーの現在の能力と潜在力を可視化し、複数キャリアパスの構築を後押しする有効なツールとなります。こうしたオープンな対話を続けることで、組織とリーダー双方に柔軟性と選択肢が生まれ、プロセス全体を通じて個々の志向の変化や、成長を把握することにもつながります。
ただし、当然ではありますが、将来のポジションについて明示的・暗黙的な約束をする際には慎重さが求められます。口頭であっても、約束が守られない場合、候補者との信頼関係を損なうリスクがあるため、期待値の管理には十分な配慮が求められます。
事例紹介:
CEO候補者と幅広いキャリア志向について対話することで、組織に新たな機会が生まれることがあります。このケースにおいて、シルバーメダリストの提示したビジョンが組織の新しい姿を明確に表していました。そこで、将来に向けた組織の体制強化と新たな課題への対応を目的に、デジタル&トランスフォーメーション部門を新設し、シルバーメダリストをその責任者として任命しました。
シルバーメダリストは、最終任命者の直属となることが多く、その結果微妙な関係性が生じやすくなります。RRAの調査によると、シルバーメダリストの66%が最終任命者確定後に「自分のキャリアが停滞している」と感じていることが明らかになりました。1
こうした停滞感を払拭するために、組織がシルバーメダリストの価値と可能性を明確に示す必要があります。具体的には、建設的なフィードバックを通じてこれまでの貢献を評価し、成長機会(図2参照)を提供することで、彼らが次世代を担う有望なリーダーであることを組織内外に示すことができます。
さらに、最終任命者自身がシルバーメダリストの成長支援に積極的に関与し、将来のキャリアパスや新たな機会の創出に協力することで、その効果は一層高まります。こうした協働は、両者の関係を健全に保つだけでなく、組織全体のリーダーシップの厚みを増すことにもつながります。
図2:成長支援のパスは、候補者のニーズと組織の状況に合わせて設計すべきである
事例紹介:
CEOサクセッションプランニングにおいて、候補者がアセスメントを受けても、結果通知のみで、アセスメントからわかる強みや今後の成長領域に関するフィードバックが一切提供されないケースは少なくありません。
ある日本の上場製造業では、CEOサクセッションプランニングに参加した候補者の一人が次のように語っています。
「今後の成長ニーズについて理解できていれば、特に自分が重要な経営委員会の役割を引き続き担ううえで、大いに役立ったはずです。」
このような声は、アセスメントを単なる選抜手段にとどめるのではなく、候補者の成長支援やキャリア開発の出発点として活用することの重要性を示しています。フィードバックを適切に提供し、候補者が自らの方向性を明確に描けるよう支援することが、組織全体のリーダーシップ基盤を持続的に強化することにつながります。
シルバーメダリストは、最終任命者との間に明確な差があると認識できた場合、選定結果を受け入れやすくなります。特に、将来的に最終任命者の後任となる可能性があるものの、役割を担うために一定の成長期間が必要な人材に対しては、早期からの支援が重要となります。まず、新しいリーダーとの強固な関係構築が有効となるため、具体的には、信頼できるアドバイザーとしての最終任命者を支え、主要なステークホルダーとの連携や、重要な意思決定に積極的に関与することなどの機会を提供することで、将来の後継者に備えた実践的な経験を積ませることができます。
実際、当社の調査によると、最終任命者確定後、意思決定力に自信を失ったと回答したシルバーメダリストはわずか32%にとどまっており1、多くのシルバーメダリストがこうした成長機会を前向きに受け止める可能性を示しています。
さらに、昇進までのタイムラインや現実的な期待値を明確にすること、そして最終任命者がシルバーメダリストを将来的な後継者として認識したうえで、関係を維持する重要性を理解することが不可欠です。
事例紹介:
あるグローバル製造業企業では、CxOのサクセッションプランニングにおいて、社内外の候補者に対して統一的な評価手法を用いてアセスメントを実施し、それら候補者に、強みや成長課題、リーダーシップギャップに関する具体的なフィードバックを提供しました。最終的に新しいCxOは外部から招へいされましたが、シルバーメダリストであった社内候補者は、中長期的なCxO後継者候補として位置づけられ、継続的な育成対象となりました。このようなプロセスは、シルバーメダリストの成長をサポートし、将来のリーダーシップパイプラインを強化する好例と言えるでしょう。
サクセッションプランニングが適切に行われない場合はリスクに
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C-suite(経営幹部)の離職を抑え、リーダーシップの継続性を確保するためには、サクセッションプランニングを単なる人事プロセスではなく、戦略的な投資として位置づけることが重要です。
単なる「欠員補充」にとどまらず、人材育成・透明性・候補者体験に重点を置くことで、将来のリーダー候補を着実に育成する強固なパイプラインを構築することができます。
以下に紹介する実践事例は、意図的かつ体系的なサクセッションプランニングが、いかにして組織にとって真の競争優位性となり得るかを示しています。
C-suite(経営幹部)のサクセッションプランニングは、少なくとも18ヶ月、CEOでは理想的には5年という長期的な視点で計画することで、単なる後任選ひではなく、リーダーシップ開発の一環として位置づけることが可能になります。このような長期的かつ成長重視の視点を持つことで、単なる選抜や「選ばれた人材」だけに焦点を当てる従来のやり方とは異なり、すべての候補者の育成に貢献するものへと進化します。選抜だけに偏ったアプローチでは、選ばれなかった候補者を疎外し、エンゲージメントの低下や離職につながる可能性があります。
一方、成長重視のアプローチでは、アセスメントを通じてリーダーシップに関する深い洞察を得て、ここに最適化された成長支援プランを構築します。定期的かつ体系的な面談やレビューを通じて、C-suite全体への投資姿勢を強化し、シニアリーダー全体に「共に成長する」という意識を醸成することができます。このような包括的なプロセスは、当初は候補者として想定されていなかった人材の潜在力を引き出し、将来のリーダーを発掘できる可能性も高まります。
事例紹介:
あるグローバル製造業企業では、リーダーシップ開発プログラムの一環として、年次タレントマネジメントレビューを実施し、将来の後継者候補の選定と成長支援プランの見直しを行っています。
成長支援の取り組みは、継続的な教育、ジョブローテーション、海外赴任、追加の業務や責任の拡大など、多岐にわたります。これらの施策を通じて、候補者の能力開発とキャリア形成を組織的に支援しています。
その結果、同社はキャリア開発に強みを持つ企業として高く評価されており、高水準の人材定着率を維持しており、優秀な人材の定着につながっている好例です。
将来を見据えた成功要件(サクセスプロファイル)は、組織を次のステージへ導くために必要なリーダーシップ資質、能力、経験を体系的に示すものです。これらは、業界動向、戦略上の優先課題、ステークホルダーの期待、組織文化などを踏まえて策定され、リーダーが持続的な価値創出と変革を推進するための指針となります。
組織は、各ポジションに求められる成功要件を明確に定義し、今後の方向性に沿った資質や能力を強調する必要があります。これらの要件は、職務仕様書やスコアカード、面談などを通じて具体的に伝えることで、候補者との認識のギャップを防ぎます。
また、リーダーシップコンピテンシーや職務経験に関するギャップについての相互の認識について透明性を確保することで、候補者自身が成長の方向性を理解し、主体的に取り組めるようにします。
事例紹介:
あるプロフェッショナルサービス企業では、退任するCEOの後任として、社内候補者を後任として暫定CEOに指名しました。この候補者は、既存の中核事業に強みを持っていましたが、取締役会は成長事業に強みを持つ人材を求めていましたが、その期待要件は候補者に明確に伝えられていませんでした。
結果として、候補者は取締役会の期待とのギャップを認識できないままプロセスが進み、最終的に外部から新たなCEOが招聘されることとなり、社内候補者は、期待のギャップとプロセスの透明性の欠如を理由に退職を選択しました。
この事例は、後継者選定において期待要件の共有と透明性の確保がいかに重要であり、候補者との対話を怠ることで、優秀な人材の離職という大きな損失につながる可能性があるということです。
サクセッションプランニングにおいては、自己推薦、指名、潜在能力の評価、さらにはリテンション(引き留め)戦略としてなど、さまざまな理由で候補者が選ばれることがあります。指名された後継候補であれ、「ダークホース」と呼ばれる以外な人材であれ、候補者として加えるには納得性と正当性のある理由が必要です。候補社が適任でないことが明らかになった場合は、長期的な信頼関係を守るためにも、セクセッションプランニング委員会により速やかにプロセスから除外することが重要です。失われた信頼を後から取り戻すことは極めて困難であるからです。
事例紹介:
あるプロフェッショナルサービス企業では、多様性推進の要請を受け、急遽サクセッションプランニングに経営経験が限定的な女性リーダーを候補者に加えました。彼女には高いポテンシャルがありましたが、アセスメントの結果、取締役会や外部ステークホルダーに対する即戦力性には経験面でのギャップがあることが判明しました。
そこで組織は、彼女に対する現時点と将来的な期待の違いを明確にし、懸念への対応策を講じることで、候補者の成長を支援する方針を打ち出しました。その結果、組織にとって彼女は「今すぐの答え」ではありませんでしたが、長期的なサクセッションプランニングの中で明確な人材成長ロードマップのひとつになりました。
長い待機期間や、プロセスの進捗情報が偶然伝わってしまうといったミスは、候補者体験に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
候補者体験を向上させるためには、以下の点を徹底しましょう:
事例紹介:
ある非上場企業では、退任予定のCEOのサクセッションプランニングに際し、参加を希望する社内のパートナー(役員)らに対してアセスメントの機会を提供しました。当初は社内候補者を中心に進められていたプロセスでしたが、後に外部候補者にも選考範囲を拡大する方針が決定されました。しかしこの変更は、事前に共有されることなく、後継者を決めるべき取締役会が行われるタイミングで社内候補者に知らされる形となりました。その結果、候補者は不満を抱き、プロセス全体への信頼が揺らぎ、不信感からフィードバックを受け入れる磁性も低下し、最終的に選ばれなかった候補者に対するオープンなフィードバックも難しくなってしまいました。
この事例は、後継者選定において透明性と一貫性がいかに重要であるかを示しています。候補者との信頼関係を築くためには、プロセスの変更や期待値の共有を丁寧に行うことが不可欠です。
シルバーメダリストを支援するには、本人の志向に応じて、外部キャリアの可能性についても率直かつ成熟した対話を行うことが重要です。場合によっては、個人を引き留めることが、新任CxOの方針との整合性を損ない、リーダーシップ体制を不安定にする恐れがあるため、シルバーメダリストの離職を容認、あるいは望ましい選択とするケースもあり得ます。
こうした状況に備えるためには、サクセッションプランニング候補群を支える強力なタレント・ベンチ(次世代人材層)を維持していくことによって、離職による影響を最小限に抑え、変革期においても事業とリーダーシップの継続性を確保することができます。
事例紹介:
あるテクノロジー企業では、CEOサクセッションプランニングにおいて、最終的に選ばれなかった有力な社内候補者がリーダーシップチーム内に残り続けたことで、組織内に曖昧さが残り、その結果権力争いが生じました。この状況は、新任CEOの権威を損なうだけでなく、忠誠心の分断を招き、戦略的な方向性の統一や迅速な意思決定を妨げる結果となりました。
サクセッションプランニングにおいては、ビジネス上の優先事項とシルバーメダリストの志向とのバランスを取る必要があります。万能な解決策は存在せず、最適なアプローチは、組織と候補者それぞれの状況やニーズに応じて異なりますが、サクセッションプランニングを立てる際には、以下の重要な問いを検討することが、より効果的な意思決定とリテンション施策につながります。
シルバーメダリストは、組織内でも特に高いパフォーマンスを発揮するリーダー層であることが多く、彼らをリテンションすることは、組織の知見やリーダー層の厚みを維持するうえで極めて重要です。その際、単に在籍を継続させることを目的とするのではなく、エンゲージメントとモチベーションの維持に重点を置く必要があります。
成長重視の長期的なサクセッションプランニングや、配慮あるコミュニケーションなど、意図的な戦略を取り入れることで、離職リスクを低減し、シルバーメダリストを将来の組織成功に貢献する貴重な人材として維持することが可能になります。
本調査は、サクセッションプロセスにおいてシルバーメダリストとなったエグゼクティブリーダーの離職意向に影響する要因を探ることを目的としました。学術文献のレビューと15名のRRAコンサルタントへのインタビューを経て、シルバーメダリストの離職リスクを軽減するための8つの戦略を抽出しました。H2 2024 Global Leadership Monitor参加者に、過去2年以内に正式なサクセッションプロセスに参加したかを尋ね、該当者(n=227)に追加アンケートを実施。データ収集後、統計解析でサーベイ項目と離職意向の関係性を分析し、さらに8名のシルバーメダリストと面談を行い候補者体験を深掘りしました。
本稿の執筆にあたり、多くのRRAメンバーの協力を得ました。
1出典:RRA H2 2024 Global Leadership Monitor、n=47シルバーメダリスト
2出典:RRA H1 2024 Global Leadership Monitor、n=1,108 Cレベルリーダーおよび次世代リーダー